2020年の東京オリンピックまでオタク文化が一掃されなきゃいいけど

タイトルの通りです。 オタク文化を権力に縋る連中から守るためにブログを書くことにしました。 微細な力ですがどうかよろしくお願いします。

未来に何も遺すことも何も伝えることの出来なかった子供達

また、ブログを書く時間が過ぎてしまった。

2020年のオリンピックまでにとは言うが結局オリンピックそのものは新型コロナウイルスの蔓延で延期することとなった。

オリンピックのために会場を明け渡したコミケでさえも中止にせざるを得なくなって、結局勝負として捉えても誰も勝った者なんていなかった。

未知の?ウイルスは誰しも平等に襲いかかることが分かってしまった。

幾ら体を鍛え健康に努めようともウイルスは関係なく罹りにくる。

大人しくウイルスに罹ったまま死ぬか、これまでの活動をしたまま罹って死ぬか、どちらが人として生きるに相応しいだろうか。

ウイルスが確認されてから半年以上が経つ。

それまでに罹った人もいて中には重症化する人もいて、時にはそれで死ぬことだってある。

人間はどんなことで死ぬか分からない。

正直のところインフルエンザは毎年蔓延しておりワクチンやタミフルが出回ってもそれでも死ぬ人は後を絶たない。

本当にこの半年間はこれに翻弄された社会だなと感じる。

人々の活動を制限してウイルスの感染を物理的に抑えようとしていたのだが、結局それがなくても効果がないと言うことが分かってしまった。

なぜ、自粛を迫ったのだろう。

いっぱい罹って多くの人が死ぬからなのだろうか?

結果的に若い人に罹っても無症状で死者も然程出ないことも分かっていた。

老人でさえも無症状者は多くて流石に死者は若い人よりかは突出していても比率として死者はそんなに多くない。

治るし、恢復するし、結局大人しくしていれば「風邪」を撃退することが出来るのである。

今回のコロナウイルスには特効薬がなく今一度罹ったら不治の病みたいに扱われたが、そもそも風邪には特効薬というものがないのである。

風邪でさえも肺炎になる。

何故こうも社会が萎縮するような事態になったのだろうか?

結論は、実際に社会を動かす人々が恰も死に直結するものだと過剰に恐れて政府やマスコミを後押ししてしまったからである。

果たして、今回のことで一体何か得するものがあったのだろうか?

自粛を迫り、経済活動を抑え込んだら倒産する会社が多く出るのは当然。

既に倒産してしまった会社が続々と出始めている。

会社が倒産してしまえば自殺者も出て来てしまうというのは常である。

既に自殺してしまった人もいるようだ。

とんかつ屋の店主もそうだろうし、コロナ禍の影響で自死を選んでしまったプロレスラー、マンションから飛び降りた高校生とか、過剰反応のせいでしなくてもいい自死を選ぶ人が増えてくるだろう今後は。

まだ、それでも自粛をしろと叫ぶ人がいる。

何故?

いつまで?

ワクチンが開発されるまで?

ワクチンが開発されるまでにどのくらい待てばいいのだろうか?

一、二年も自粛をし続けるのか?

財産を持っているものなら開発されるまで待てるだろうが、それまでに日本経済が保つのだろうか?

こうなると最早、自分のためだけにしか生きてこないということが分かってしまうのである。

丸で蜘蛛の糸のカンダタ。

自分だけが生きていればいいというエゴイズムの塊。

この考え方を持つ人々のせいで多くの人が犠牲になる。

アメリカなんかもこの典型でお金持ちはさっさと隔離できて貧乏人は保険もないし基礎疾患だらけなのでコロナに罹った途端に重症化して多くの人が死んでしまっている状況となってしまったようである。

これを見る限り、新自由主義を体現しているのだなと感じる。
トランプ大統領が経済の立て直しに努める一方で、アメリカのメガ企業は簡単に労働者の馘を切り、株主達にせっせと優待をするという完全に背反するようなことをする。
公衆という観念が存在しない。
あるのはポリティカル・コレクトネスのみ。
自分のみが正しい価値観しかないというもの。

なんとか革命以前のキリスト教の世界そのものの価値観と被るが、いつまでも強者かつ支配者でいたい驕った考えなのだろう。

しかし、そんな世界第一位の感染者数と死者数を誇るアメリカでさえも経済の立て直しを考えている訳である。
日本はどうか。
政府は漸く抑圧政策の解除に踏み切り、経済の立て直しに前向きになろうとしている、にも拘らず相変わらずマスコミや支持率を維持したい自治体の長がこれ見よがしのパフォーマンスに邁進して逆戻りをしようとしている。

それだけでなく、肝腎の大衆がその抑圧政策を支持し、自粛を更に迫りついこの前まで学校の9月入学を推し進めようとしていたのである。

何を馬鹿なと思う。

子供のことではなくて、自分達特に高齢者が感染したくないからそのようなことを平然と言いのける。

子供達には卒業式もなく入学式もなく運動会もなく修学旅行もなく夏休みさえもない。

全て大人のエゴによって子供が振り回されている。

このことを、子供が大きくなって振り返りでもしたらどうなるか。

絶対に復讐されるに決まっているのだ。
子供は年寄りのために死ねと言っているようなものだ。
戦前戦中戦後と生きて来た先人達が子供や子孫のために身を粉にして来た筈なのに、その戦後に生まれた子供がこれからの日本の社会を担う子供や若者そして生まれてくる子供達のために身を削ることをしないで過去の遺産と未来の希望を食い潰そうとしているのである。
丸で万引き家族に出て来る駄目な大人達である。
そもそも万引き家族の真意を読み取れる人がどのくらいいるのだろうか。
いやしない。
それだけ戦後の空間で堕落してしまっているからである。

そして、これを書いている途中で冬のコミケの中止が決まってしまった。

混雑を防ぐ為にリストバンドの導入をし、日数を分散した筈だったが、それさえも無理だったか。

そもそも混雑を避けるとするのなら絶対にコミケなんかできっこない。

5月はエアコミケとしてネット上で開催されたが、今後はこうした形になっていくのだろう。

コミケもなくなった分、他のイベントもなくなっているので実質的にはみんな敗者。

しかし、ワクチン開発まで待つ必要もないし、律儀にびくついて守る必要もない。
コミケだけでなくゲームショウも及び腰になっているのはこれまでの世間からの心ない批判が染み込んでいるからなのだろうと思う。

宮崎勤はいなくなった訳だし、堂々としていればいいのである。
コミケは熱中症による死者を出したら一発で終わりだと思っているようだから尚更コミケで感染者が出ましたとなると世間からの批判に晒される形になるのだろう。
しかし、ソーシャルディスタンス守ろうが叩く奴は叩く。
長らく権力や世間に配慮しながら生きてきたのでスティグマが出来上がっているようにも思える。

指定感染症から外れれば問題ないのだが。

誰が弱いものいじめをするのか Part16 叛逆と抵抗その3 未来への希望

今年もあと僅か。

このブログも正直更新頻度が少なくなってしまった。

10年代も終わり愈々オリンピックイヤーとなる。

元々2020年のオリンピックによって潰されるのではと懸念されたものが、ギリギリのところで抵抗を続け何とかして堪えたことで取り敢えずは生き残ることが出来たのである。

やはり、投票行動は大きい。

東京都青少年健全育成条例の改正もまたオリンピックを目指したおためごかしだったのだが、抵抗を続けることで尊厳を守られた形になったと思う。
正直、この条例の改正案そのまま通ることが文字通り「やばかった」のである。

憲法で定められた表現の自由どころか憲法の形、立憲主義や血を流して築き上げた近代国家の約束事そのものを投げ捨ててしまいかねない条例をそのまんま丸呑みする形で通す訳にはいかないという危機感を抱いた。

この国を、カルト宗教の思い通りにさせてたまるかと。

危機感を抱いた人達は情報を蒐集して、議員達と連繫を取りながら表現の自由を何とかして守ろうとしたのである。

結局通ってしまったが附帯決議で権力の蹂躙を禦ぐことが約束された。

その後、山田太郎が参議院選挙に立候補したものの29万票を得ても落選してしまったがその票の大きさが都知事候補や所謂表現規制派の現職国会議員が黙りこくようになってしまった。

その3年後の参議院選挙では54万票を獲得して当選したことで遂に表現規制を標榜する政治家達は表向きいなくなってしまったのである。
それどころか規制派が悉く落選する様はこの世の中の流れが完全に変わったことを如実に表している。

宮﨑勤がただの人間だったことを知らせる再現ドラマが放送されたり、オタクが実質勝利するような映画ばかり作られるようになったりと、ここ20〜30年前と違って目紛しい変化を来すようになった。

単純に、オタク世帯のボリュームゾーンが大きくなったことなのだが、世の中の中心になりつつあったことも影響している。

国家権力による管理は今のところ防げているのだが、時代の流れについていけない人々が表現規制を叫ぶようになってしまった。
このことに関してはまた別の機会とするが、取り敢えずは一安心。

さて、今回の本題はちょくちょく取り上げているAV女優のかさいあみのことについてである。

かさいあみは本来なら今年で引退をするつもりだったのだが、ある日妊娠が発覚したことで延期となってしまった。
子供は堕さずに産むことを決めたという。

今思えば、何故だろうと思った。
AVの撮影中に妊娠してしまったという例は恐らくこの今まであったかも知れない。
妊娠は避妊を徹底的に努めてもするという。
かさいあみはその少ない確率でも当たってしまった。

こういう例はあったかも知れないが誰にも気付かれずに堕していたりしていたのだろう。
際物AVの中には妊婦でもAVを撮影して作品にするのもあるが、ああ言った場合も産むことを決意したりするのだろうか。

かさいあみは四日間の難産を極め、普通分娩から帝王切開に切り替えた。
お腹に傷が残ることを懸念していたという。
もしもAVに復帰した時に傷が目立ってしまうことへの懸念のようである。

そのお腹の傷があった人が出ている作品は実は存在している。
そうした人達が出ているのを知ると「ああ苦労したのだな」と思う。

AV女優が引退して結婚して子供を産むケースは存在する。
とは言うものの、AV女優自体が特殊な職業故に「普通の生活」を送ることは難しいという。
身バレしたり、別の職業に就いたりする事が中々難しいようであってまた復帰することもあると言う。

それで日本にいられることもなく外国で暮らすこともあるという。

AV女優がやくざよりも人口が多くてデビューしても精々2、3年くらいの期間を経て引退することが多い。
デビューしても次から次へと出て来て押し出されて忘れ去られるだけなのだが、そうしたネックを克服するためにAV女優達が自分の作品を消して欲しいと願ったら消えるようになったシステムも作られた。

AV女優であってもここ最近は公に結婚することもあり子供も授かることも珍しくはなくなった。

そう、AVもまた環境が変わり人々の意識も変わりつつある。

ただ、かさいあみのこの発表はほぼ前例がないらしい。
引退を決意するといっても肩書きはAV女優のままである。
川奈まりこや蒼井そらや板垣あずさはAV女優を辞めてからの結婚と出産なのでこの例からは漏れる。
※蒼井そらはAV女優を辞めたとは言ってないらしい

AVって基本的に本番をしていなくて「演技」であることが建前である。
このモザイクがそれを証明させている。
モザイクだから本番をしているとは限らないので少なくとも妊娠をするような状態ではないということを証明する。

しかし、かさいあみは妊娠をした。
となるとこの建前の原則が崩れる。

もしかしたら、後から出てくるAV女優の為に警告を出しているのかも知れない。
本当はこうしたリスクもあることだということを言いたかったのではと勘繰ってしまう。
避妊を徹底しているから安全だ、モザイクだから本番はない、そう言った建前は実は存在していないのである。

ここ最近のAVを取り巻く環境も変わっている。
AVもボクシングや相撲と同じくヒエラルキーの社会である。
売れない人は10万円程度にしかならない。
買う人や観る人が余りにも少ない。
違法視聴も蔓延っているのだが、若い人が先ずAVを観ない。
ファンの集いも中高年ばかり。

※実はソープランドもそんなに売れてないので風俗も同じてある。

AVやったって食える訳でもなく寿命も短い割にはいつまでも残ってしまうメリットの少ないジャンルなのにそれでもなる人が多いから一定のストッパーをかける必要があるのではと思ったりもする。

かさいあみは10年も続いていたという。
2、3年の命しかないAV女優業なのに3倍以上伸びるのは単純に凄い。
AVやりながらフリー女優連盟作ったりと結構苦労を重ねていると思う。
AV辞めてもこの連盟は続けるらしい。

結局、AV強要という言いがかりで囲い込みが始まり、事務所に所属していないAV女優が弾かれるのではないかという懸念から発足した連盟ではあったが、今後はどうなることだろう。

考えてみればこのAV強要という話も、AV女優の自己決定権を無視した言い掛かりだったと感じる。

都条例の件で失敗したからAVに焦点を当てただけだった。
世間的に責められる素材だったから付け入れられてしまった。

結局自主規制が強くなりまたも息苦しい社会もなってしまった。

AVも観る筈もなくAV女優の日常生活を支えることもなく男社会が憎く居場所と共感を得たいただそれだけで潰そうとする人達が目立った。

AV自体が斜陽なのでこのままいけば消え失せてしまう文化となるのだろう。
それは残念でならない。

誰が弱いものいじめをするのか Part15 叛逆と抵抗その2 戦うことを諦めた人々

このブログサイトを作ってから5年半が経つ、と言った感想だろうか。

この5年半もだけど色々と世の中が変わったようにも思える。

都知事は2回変わった。

舛添要一になったら表現規制に拍車がかかるとは書いていたが、そんなことはなかった。

というよりも舛添のケチケチで都民から嫌われて辞めざるを得なくなってしまったからである。

都知事選の前に参議院選挙があってその時ではあるが山田太郎が落選はしたものの29万票を取得したので当選した小池百合子東京都知事はアニメランドを作るとか突拍子もない事を言ったが結局表現規制に掛かるようなことは終ぞ言わなかった。

流れが一気に変わったとは思ったが、国内での権力による表現規制は鳴りを潜め、所謂国内での戦いは終わったのである。

ただこれは別の話ではあるが、民間による表現規制や外国勢による表現規制はいまだに猛威を振るっている、どころか益々その勢いは増していると言ってもいいだろう。

これをどう防ぐかにもよるが、国民自体に教育が必要としか言いようが無い。

国家権力による表現規制の嵐は終結したのだが、それでもまだ残っている。

塀の中での平和を謳歌したいのならこれ以上の戦いは不要だろう。

でも、そこから目を背いていては結局権力の言いなりのままである。

刑法175条をどうするかである。

社会通念や公共の福祉を掲げて表現の自由を侵すのである。

憲法に介入しようとするのなら、法的根拠を示さねばならないのに、というよりもそれに適った法律を新たに作るべきなのに昔の判例で済まそうとして国家権力がどんどんと表現に介入しているのである。

これは怠惰であり堕落であり、権力が腐敗している証拠である。

これを打ち破るにはどうするかである。

民間ファシストらがコンビニから成人向け雑誌の追放に躍起になるのならそれこそモザイクなんかいらないだろうが、それでもモザイクが存在する。

一体何のためのわいせつの罪か。

モザイクがあるからわいせつではない、と言う根拠は何なのか。

モザイクがあったって摘発するではないか。

国家権力の胸先三寸で判断が左右されるのだ。

これほど恣意的なものはない。

何がわいせつかは国家権力が決めるという判断である。

突き詰めれば文化を国家権力によって判断されるのである。

何が良い文化か何が悪い文化かは国家権力が決めると言うところまで行き着く。

実際にそう動いているし一元的な決め付けがこの国の活力を殺ぐ。

クールジャパンと言いながら結局は明治の薩長閥が作った内務省の流れを汲んだ警察権力による統制で締め付けられるだけである。

実際これもそのように動いている。

と言うよりも実際そう動いていたと確認が取れるところがあった。

GHQによって一度は解体された内務省が省庁再編で総務省として復活を遂げたのである。通信事業も掌握しているのでその力は内務省程ではないが強いと確信が持てる。

東京都青少年健全育成条例も結局はこれは罰則規定なので警察主導の仕事を増やすだけだった。

インターネットやバーチャル表現から子供を守るとか、つまり早い話パターナリズム全面に押し出した条例を敷こうとしていたので青少年だけでなく結局国民を統御したいだけの話だった。

この背景にはカルト団体のロビー活動もあって自分達への批判を躱すか自分達の主義主張に沿うように仕向けさせてもいた。

多様な価値観において自分たちの主張や教義が通りにくいというのは致命的である。

それならば国家全体に敷き詰めようとすればいいではないかと考えるのがカルトの発想である。

10年前は与野党逆転して民主党が与党となっていた。

カルトが肩入れしていた与党が逆転したのだからそれは焦るだろう。

カルトが道徳を盾に脅しを掛けてきたのである。

皮肉にも新しい歴史教科書をつくる会がカルトに乗っ取られてしまいあらゆるメディアもカルトに乗っ取られ攻勢は不利になっていたのである。

道徳とか世間を盾や棍棒にして襲いかかったのである。

それが10年前だった。

結局都条例は押し切られたが、附帯決議でもって権力の暴走に楔を打ち込んだ。
本当はこんなことはあってはならないのだが、これが後に響く。

都条例の影響は書店に及ぶのだが、区分陳列の出来ない本は排除される。
BL本とかが摘発の対象になるのだがBL本が一向に改善されない。
と言うよりも改善出来ない。
区分陳列をすると本が買えない人が明らかに多くなる。
これこそがゾーニングの真の狙い。
パターナリズムに侵食された人が相変わらず多くてゾーニングの場所に行けないのである。

端的に言うと、女子はふしだらであってはならないという徹底された教育の賜物である。
本当は男子並みに性欲はあるのだが、女子は自分の身を守らせる為に親や周りの大人から徹底的に教育される。
初めから護身術を身に着けさせる。
護身術だけでなく障碍となるようなものを排除させる行為に出る。
当然それは男に性欲を削がさせるようなことを運動としてやらせる。
これが最近の流れ。
形を変えたパターナリズムではある。

少し前までそんな動きはなかったのにとは思うが、何故最近になってだろうとは思うが、結論から言うとツイッターの普及である。
10年前は本当にそんなことはなかった。
寧ろ女子の性欲だとか社会進出だとか肯定されていたのだが、逆戻りしてしまったように感じる。

社会進出したら辛かったという気持ちが出て来たのだろう。
誰もその気持ちを癒してはくれないし、共感してくれる者は誰もいない。
2chは完全匿名なので自分の気持ちを代弁させるツールにはならなかった。
自分の気持ちを押し出したら闇落ちして荒らしとなってスレや板を荒らしまくるので結局2chは孤立化した者に対して何ら救いにさえならなかったのである。

逆にツイッターは完全個人で共感は広がり易いから相手に合わせていく必要はなくなる。

個人の気持ちで変えたことの成功例はここ最近増えている。
広告とかは個人の不快感を示せば取り下げてくれるので益々エスカレートしていく。

ただこれは政治的な行動に繋がるかと言えばそうはならない。
しかし、最近と言えば政治的なものをアピールしようとして返り討ちに遭い潰されてしまうことがあった。
あいちトリエンナーレの表現の不自由展その後の企画展であった。
今まで政治的カウンターの主張で押し通すことが出来た筈なのに、同じ反撃に遭ってしまうのはその武器が諸刃の剣だったのである。

個人の気持ちが大きな個人達の気持ちに押しやられてしまった訳である。

表現の自由はこうした個人達の諍いには関与出来ない。

これについては別の項目で後述する。

しかし、戦うことを諦める人が増えた。
戦うことは力が要る。
力なき者は大いなる力に縋ることで安心感を得られるのだろう。
権力を手にせず、権利を放棄して、安心安全な生活を選ぶ。
江戸時代に戻ってしまった。
国民主権を抛げ棄ててしまったのである。
投票率も今回の参議院選挙では半分以上が行かなかった。
お上に任せればいいと思っている人が残念ながら多い。

でも、オタク達は人任せにしたら自分の生前権が脅かされるので3年前から動き始めたのである。

元々オタク達は政治に無関心で権力者に壟断されて来た過去があるから危機を抱き投票行動に出たのである。
たった一人ではあったが、賛同者も多くて心強い。

戦いは未だ諦めない。

権利は戦って得られるものだからだ。

誰が弱いものいじめをするのか Part14 叛逆と抵抗その1 力はみんなの為に

かさいあみが年内末を目処にAV女優を辞めるという。
デビューしたのは凡そ10年前だという。
AV女優で10年とは長い方である。

一応、18からデビューして28の設定で引退という形となる。
そこで、引退に託けてではあるが、こんな質問というか引用リプをしてみた。




個人的にそれは継続するという。

よかった(笑)

この組織の発足はフリーで活躍する役者さんが除外されないような組合のようなもので、全てはAV強要騒動から起こったことである。

こうして、力あるものが率先して動いてくれるのも良いことだと思う。

誰も黙ったままではないのである。

誰が弱い者いじめをするのか番外篇 表現の自由の頽廃16 一寸の虫にも五分の魂



こんな呟きが多くのリツイートとファボがなされた。

当然だけど批難の声が殆ど。

画像は数年前のものだけど、この主催者は今こうしたことは行わせていないという。

行わせていないというよりも画像を拡散させるなと釘を刺しているらしい。

言っちゃなんだが、有害業務すれすれではある。

こうしたキッズアイドル(ジュニアアイドル)はひと昔ならば流行っていた。

ロリコンブームよりかはまだマシなのだろうけど、ジュニアアイドルが低年齢化していて際どい水着を着させられたものを映像ソフトとして売られていたこともあった。

流石に一般メディアにも晒されて来て批難囂々となっていたので鳴りを潜めてしまった。

チキンレースさながら競えば過激化するのは常だが、提供する側も感覚が麻痺していたのだろう。

提供する側である。

実は。

例えに出すがAKBの握手券商法みたいなもので実態はそんなに多くなくても太い客が彼らを買い支えてくれる。

キッズアイドル出身者の芸能人って他に誰かいるのだろうか?
雨後の筍のようにパッと出ては来るもののそんなには続かない訳である。
大体は子役と同じで途中で辞めてしまう。

子役、後述するがここに注目である。

伸びなければ途中で終わる。

キッズアイドルは大体が親とかがやらせる。

芸能界に憧れた親が自分の望みのようにやらせる。

さて、この構図はどこかで見覚えがあるだろう。

ボクシングである。

幼少の頃からボクシングをやる子供がいるが、大体は親がやらせる。

親が自分の叶えられなかった望みを子供に託す形でやらせることが多い。

亀田一家や井上一家である。

代表的なものだが、これは子供をそう育てさせて生き残った例であろう。

子供の自主性を尊重するなどと言ったら今頃亀田三兄弟(一番下妹は置いといて)やモンスター井上兄弟なんか出て来ないだろう。

天才だから?

違う。

周りの環境を遮断させてそればかりやらせて怪物を製造させるのである。

彼ら親は文字通りの“毒親”である。

ただの勝ちには何の価値さえも見出させず、完璧な勝ちを得るまでやらせるのである。

子供を壊して自分の思い通りのロボットや怪物を作らせて行く。

毒親家庭の一つにテストの点を常に100点満点にさせねば気が済まないようなのがある。

親自身が多様性を信じていなくてこれしか価値がないと振り切ってしまっているのである。

親自身が多様性の一つだろうと言い訳をするが、大体は子供を出汁にしているだけである。

ロボットモンスターの子供を褒められれば親が増長するというものである。

キッズアイドルもこれしかないと割り切ってしまっているのだろう。
親自身が既存の世間の水準(平凡)に馴染めないこともあるのだろうが、才芸が突出していれば価値を認められると分かってしまっているところもあるのだろう。

キッズアイドルが世間から疎まれていてもそれを称賛する人々がいるからその価値を支持し続ける訳である。

閉鎖空間での価値観ではある。
国内ではその価値観を認めることは日本国憲法で思想信条の自由や信教の自由や良心の自由や表現の自由や言論の自由、職業選択の自由、集会結社の自由など自由権として認められている訳だから、こうしたことに関しては尊重せねばならないのである。

いくら個人がこれキモいから排除しろと言っても行政や権力がそれを認めて行使する訳にはいかないのである。

そういう壁を感じるから憲法改正草案には「公共の福祉」というものを前面に出して自由権や価値観を抑制させようと考えるのだろう。

キッズアイドルを法律や条例で規制しようとしたらどうなるのか。
当然だけど主体となるキッズアイドルそのものを規制することは出来ない。
憲法の法の下の平等に背くからである。
行為行動となる客体を規制する他ないので未成年者の出演するものを規制することになるから子役そのものを規制することになる。

そんなことをすると子役を必要とする芸能界そのものにメスが入るだろう。
子役の現場は虐待みたいなことが行われているのではないかという予見がつく。
誰も子役の現場を批難したことがあったろうか?
リアリティを求めるため?
そんな必要があるのか?

志村けんのコントみたいにおっさんおばさんが子供の姿に扮してコントをやればよかろう。

これもそうだが、AVもリアリティ追求のためにやる必要ないみたいな意見も出て来るが、子役はどう思う?
歌舞伎とかの伝統芸能の世界はどうなる?
サーカスは?
それこそ学業を疎かにして演劇を行なっているかも知れぬのに。
ロビー活動でマスコミに緘口令を敷かせている成果かも知れんが。
キッズアイドルは結局のところ子役で儲けている芸能界のスケープゴートにされている感がある。
生贄の羊よりも防波堤のようだが。

誰が弱い者いじめをするのか Part13 敵が見えて来た

永らくこのシリーズを放置してしまった。
このブログのタイトルが「2020年の東京オリンピックまでにオタク文化が一掃されなければいいけど」なのだが本当にあと一年となってしまった。
平成も今年で終わり、新元号「令和」を迎える。
この平成30年間はオタクの闘争史でもあった。
元々オタクが生まれたのはゴジラやウルトラシリーズからだと言われ、彼等が愈々鬼籍と入る時期に差し掛かった。
厳密に言えば彼等はオタクとは呼ばれなかったが。
サブカルの一つに内包されていたのがいつの間にかオタクが分かれてしまった。
洋楽趣味(舶来趣味)も今で言えばオタクの一つなのだがそれがなぜか分かれてしまった。
いつ頃なのだろう。
結局、あさま山荘事件が分水嶺だったのだろう。
左翼は過激なことを辞め、社会に関わることをせずに引き籠るようになった。

この頃もそうだったのだろうけど、所謂気持ち悪いステロタイプのオタクが出現したのはそれから17年後の昭和から平成に掛けて行われた東京埼玉連続幼女誘拐殺人事件の頃だった。

この17年間何があったのか。
宮﨑勤はこの頃まだ20代で新左翼の世代とは無関係だった。
革命の目標を失っていたというよりも初めからなくなっていた若い世代は個人の趣味に没頭するようになっていった。
世代史論は本田透の著作に詳しいので割愛するが、まだ80年代はオタクにとっても明るかった。
バブル期だったしサブカルの分野であるアニメも漫画もアイドルも音楽も活気に満ち溢れていた。
同時に校内暴力も激しくなっていたが。
革命で世の中を変えるよりも勉強して世の中を変えた方がいいと考えていたのかも知れない。
その詰め込み教育の反発から校内暴力が激化しそれを見直す形でゆとり教育が提唱された。
全ては時代の流れから生まれる歪みを正す上での必然だったのだろう。

こう俯瞰すると、何も宮﨑勤の事件とオタク闘争史なんか全く関係ないのになんでこうも30年間もずっと引き摺った儘で来たのだろう。

宮﨑勤が捕まって宮﨑勤の部屋が公開された。
その自室は大量のビデオテープが所狭しと堆く積もれており宮﨑勤の異常性を際立たせるものとして「演出」されたものだった。
丁度テレビの普及率もほぼ100%で奇しくも宮﨑勤の持っていた「ビデオテープ」を「再生させる機械」も普及し始めていたので大衆のメディア依存もこの頃高い時代でもあった。
マスコミは大量に情報をばら撒いてそれを消費者が答える形で更に要求する。
この形はサッチーミッチー騒動まで引き継がれていた(半年以上ほぼ9ヶ月続いた騒動が収まったのはハイジャック事件が起きた時だった)。
テレビが結局宮﨑勤の事件を永らく引き継がせていた訳である。
宮﨑勤の事件の「御蔭」で保守派は持説を維持することが出来たし、サブカルもモテ技術へ移行することで生き永らえることが出来た訳である。

腐女子は?

腐女子の歴史は少年ジャンプのキャプ翼よりも古いとされており、コミケ黎明期から今に至るまでその数を圧倒させている。
性別の違いはあれど事件以降、世間に上手く溶け込むことに成功して、これもステロタイプのオタクと分離することが出来た訳である。

腐女子が漫画やアイドルに没頭しても親がお金の使い方に注意するくらいで別にマッチポンプ的な社会問題化するような事態にはならなかった。
世間がやっぱりパターナリスティックで性別に甘い傾向にある。

第三世代的にはまだそれ程のスティグマはない。
自分自身がそう認めることに成功してオタクの世界を自分達で救うことが出来た。
これは偏にエヴァンゲリオンの御蔭だったのだろう。
やはり悲惨だったのは第二世代。
エヴァの前にはパソコンも普及し始めて美少女ゲームも出始めたが、彼等自身が大きなスティグマ(傷)を負っており、世間の批判を内面化してしまっていた。
既に学生ではなくなっていたが(ギリギリ大学生か専門生かである)、モテ技術に引けを取ってしまい世間と対話する機会さえも失っていた。
宮﨑勤の起こしたような類似した事件が起きる度に世間は彼等の趣味や嗜好(思考)さえも論い、批難して石を投げ続けた。
世間の悪意に従う形で各自治体では条例が敷かれたり販売規制もなされたりもしていた。
初めから「敵」を作ることで自身らが生き残る術を体得して来たのである。

世間の悪意に関してもまた本田透の著作に詳しい。

しかし、世間の悪意を払拭する機会が訪れた。
そこも本田透の著作である「電波男」に詳しいのだが「電車男」という本がベストセラーとなったことがきっかけだった。

結局あれは脱オタさせて世間のメンバーに組み込ませようとする企てだったのだが、奇しくもそれを映画化、ドラマ化することで主人公のオタクとしてのアイデンティティを守ることになってしまったのである。
ドラマや映画を作るにしてもスポンサーが必要でオタクグッズを捨て去る訳には行かないのである。

あらゆる物語が消費、相対化されて残った最後の楽園がオタクだった。
世間的には塊として小さい筈だったのに、バブルが崩壊して20年近い不況が訪れて少子化の影響で大きな消費が出来なくなってしまったからで、結局世間の方がオタクに頭を下げに来てしまったのである。

工業製品も縮小化して売り出す商品も無くなってきた政府もこれを利用しない手立てはないと考えるようになった。
スティグマを抱えていた筈なのに一転、勝者になった。

しかしそんな動向を許さない勢力がまだその頃存在していた。
10年前の話である。
宗教団体と警察とスパルタ教育などの疑似科学を信じていた保守派だった。
既に「オワコン」と化していたカルト団体や保守派が無駄な足掻きをして警察に梃入れを始めていた。
※実は疑似科学を信じるのは保守派だけでなく左翼や市民主義者も同じである。

スティグマを抱えた第二世代がオワコンカルトの未だ支配する状況に妥協をしようとして批判を内面化させ後世のオタクを文化的統一価値観の元支配しようとしていた。

間接統治に見える。

しかし、そんなことをしようとしても無駄だった。
既に第三世代や第四世代はスティグマを抱えることがなくなっていたのでスティグマ世代の空回りで終わってしまった。
実は第二世代もスティグマを抱えることはなくなっていた。
知識人にありがちだったスティグマの克服は知識を蓄えることで逆にスティグマを内包することとなっていたのだった。

誰かとは言わない。
言うが、ゲンロンマンである。

丁度東京都青少年健全育成条例の改正案が通るところだった。
結局通ってしまったのだが附帯決議でもって政府政権権力者への批判が摘発されないことを育成条例に盛り込まれた。
結局この時点で負けたのだが、成人区分の出来ないBL本がバンバン規制されるようになってしまった。
これも女性はエロであってはならないというミソジニーが世間を未だ支配しており、やはり宮﨑勤事件での別れ道となったことが起因する。
すっかりアダルト向けが男性向けのものと意味付けられてしまい、女性向け区分が作られることがなくなってしまった。
それでなくても女性向けアダルト作品が流行らないことも起因する。
商売にならないのは端的に言うと女性が独身でいる必要がないのである。
これもまた、腐女子の処世術と同じで世間に妥協(結婚)することでアダルト作品を消費することがなくなる訳である。
婚前交渉の少なさや独身率が男の方が高いのは男が世間との妥協点を見つけられなくてそのまま行くことが多い。
これもオタクを生む要因にもなったりするのだが。

残念ながらこの国は未だ男尊女卑が支配する。
女性が世間との妥協を逸早く選ぶことでミソジニーがそのまま温存される結果となってしまう。
その結果、ネットではミソジニーへの怨嗟で満ち溢れるようになってしまった。

電車男と同じ構図だ。

世間の価値はそのままで軍門に下ることで価値を温存させる役目を背負い込む。

そう言えば奥様は取り扱い注意というドラマってそう言う感じのドラマだったな。

独身でいる気魄も気概もない大衆は結局軍門に下らざるを得なくなる。

独身であっても逆に実家暮らしのケースがある。
この場合は少し特殊なので別の機会とするが。

女性が世間と妥協せざるを得ないというよりもミソジニーを抱えているから(弱さを知っているから)偏差値の高めな志望校へ行くような感じで結婚を急ぐ。
※全員が全員そうではないので注意。

BLは結婚しても楽しめるという。
腐女子から貴腐人、セレ腐などと言うような言葉があるように結婚していても腐女子を続けられる訳である。
逆に男のオタクも男尊女卑思考に囚われており、オタク趣味を結婚によって捨て去らねばならないという感覚にも囚われる。
お金がある訳ではないので子供の教育費のために余計な支出が出来なくなるから捨てさせられるのである。

男もそうして世間へと妥協せざるを得なくなるのである。

厄介なのは、過去オタクだった者やスティグマを抱えたオタクが内面化させた批判を取り出して棍棒として振るうところだ。
それもほぼ五年くらいまでの話なのである。

もう、今はそうではない。

そんなことをする必要がなくなってしまった。

逆に前述のような考え方だと孤立を深めるだけである。

敵とは、罪を内面化させた己自身である。
時代の流れで一見見えていた敵が引っ込んだだけである。
諸行無常である。

スロウスタートを観る。

こちらもニコニコ一挙放送で漸く観られた。

スロウスタートとは文字通りのお話でみんなから遅れを取ってしまった高校生の話。

中学浪人してしまった子が高校に一年遅れで入学して過ごす話だけど、まあ普通の日常系だよなあと感じる。

だけど、そこはこの物語の骨子たる「遅れを取った」ことなのでやっぱり隠し通せないと主人公の花名は心の中で恐れを感じる。

でも、みんながみんな優しい世界なので取り越し苦労なのである。

みんな変な勘違い的な思わせ振りの言葉を発しまくるので楽しい事この上ない。

ネット上に転がるネタも時々出て来るがそこは分かる人達にだけ分かるのかな?

妹汁とか妹カレーとか中か外かとかってなんなんだ。


















共通良識は多数派の情緒、諸行無常、朝聞道夕死可矣、民可使由之不可使知之、倉廩實則知禮節衣食足則知榮辱、井蛙が良。 新居昭乃、宮澤賢治、本田透、英霊の声、蜘蛛の糸、まどか、まほろ、Fate、みなとそふと系、MATRIX、ドラえもん、ジブリ、エヴァ、マサル、アンパンマン、北斗の拳、夜勤病棟、君の名は。美術館と格闘技が好き。
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

ブログランキング
エヴァ
あみあみ
ビキニ・ウォリアーズ ファイター
ビキニ・ウォリアーズ パラディン
マモン~強欲の像 薄桃ノ衣版
ルシファー~傲慢の像 黒ノ衣版

七つの大罪 ルシファー~傲慢の像 黒ノ衣版

新品価格
¥11,000から
(2015/9/14 22:54時点)

アスモデウス 色欲の像 白銀ノ衣版
マモン 強欲の像

七つの大罪 マモン 強欲の像

新品価格
¥12,300から
(2015/9/14 22:57時点)

色欲の章 ~氷尻アイスクリーム ノ節
サタン 憤怒の像
ベルゼバブ~暴食の像

ホビージャパン 七つの大罪 ベルゼバブ~暴食の像

新品価格
¥13,221から
(2015/9/14 23:04時点)

ルシファー~傲慢の像
レヴィアタン~ 嫉妬の像 紫ノ衣版

七つの大罪 レヴィアタン~ 嫉妬の像 紫ノ衣版

新品価格
¥13,123から
(2015/9/14 23:22時点)

アスタロト~憂鬱の像
三世村正マウスパッドおっぱい

三世村正 バニーVer. 立体マウスパッド

新品価格
¥4,980から
(2015/9/14 22:17時点)

三世村正マウスパッドおっぱい赤

装甲悪鬼村 三世村正 立体マウスパッド

新品価格
¥16,600から
(2015/9/14 22:21時点)

三世村正レースクイーン青
三世村正ウェディング抱枕

三世村正ウェディングVer.抱き枕カバー

新品価格
¥12,960から
(2015/9/14 22:22時点)

三世村正オアシス
ゲームリンク
大図書館の羊飼い ダウンロード販売
ゲームリンクその2
パズキューレ オンラインゲーム
アニメリンク
アダルトアニメチャンネル
「J-CASTニュース」は提供を終了しました。
ジオターゲティング

ジオターゲティング
美しき芸術





リンク
カテゴリー
「Amazonライブリンク」は提供を終了しました。
楽天市場
ギャラリー
  • スロウスタートを観る。
  • ラーメン大好き小泉さんを観る
  • 下ネタという概念がない退屈な世界を漸く観終えて
  • 誰が弱い者いじめをするのか番外篇 表現の自由の頽廃14 王様への貢ぎ物
  • 大図書館の羊飼いを観て。
  • 六畳間の侵略者!?を漸く観て
  • 六畳間の侵略者!?を漸く観て
  • ソードアート・オンラインⅡを観終えて
  • ソードアート・オンラインⅡを観終えて
NAVERまとめ
「NAVERまとめ」ブログパーツは、サービスを終了しました。
livedoor 天気
「livedoor 天気」は提供を終了しました。
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ