2020年の東京オリンピックまでオタク文化が一掃されなきゃいいけど

タイトルの通りです。 オタク文化を権力に縋る連中から守るためにブログを書くことにしました。 微細な力ですがどうかよろしくお願いします。

下ネタという概念がない退屈な世界を漸く観終えて


この作品は3年前のものだったんだな。
気になってはいたが纏めて観る余裕もなくてそのまま過ぎてしまった。
松来未祐も生きていた頃である。

偶々、GYAO!で放送されると知ったので観ることにしたが、さて内容としては、現実がそのように近づいているので作品としては笑えるのだけれどもなかなか笑い飛ばせるようなものではない。

制服が大体アニメならミニスカートや体操服ブルマとか定番だがこの世界ではそんなものがない。

ロングスカートになっているのはある種興味深い。

でも地下アジトに来たらちゃっかりミニスカートになってる辺り解放戦線に乗り出しているのだなと思った。

しかし、言葉で下ネタを連呼しても現実的には見たこともないから実際に逸物を見てしまったら狼狽える辺りピュアな世界に生かされた猿の惑星に住む猿達なのだとやはり感じる。

その世界に生きる人々の価値観に基づいて作っているのである。

そんな窮屈な世界においても彼らの探究心が枯れることはない。
まるで人類が一歩踏み出して歩いて冒険するかのようである。

そんなリセットされたような世界になってるのは、監視社会の果てで思考すら支配されているからなのだろう。

そんな世界でもおかしいと思い立ち上がる。

何だかマトリックスのようである。

主人公の父親に憧れて行動を起こすところはアレを髣髴させる。
ピューと吹くジャガーだ。
ピヨ彦の父親の存在を知っているジャガーがピヨ彦をふえ職人にさせようと父親と協力する所にも似ている。
あとはだがしかしか。
あれも主人公に菓子屋を継がせようとして父親と協力して引き戻すことをしている。

小さな隙間ではあるが大きくしていき解決に向かわせるが…でも結局これってこの世界では特に何も変わっていない。

変質者ばかり出て来るがそれを生徒会の力で止めただけだよなあと思う。

最終的に心に余裕が出来たって感じだ。









































誰が弱い者いじめをするのか番外篇 表現の自由の頽廃15 鬼の居ぬ間に洗濯

昨今の不倫騒動にはうんざりする。

これは個人的な感想に過ぎないが、売れるためにはある程度仕方のないことなのだろう。

成功した者達を一気に奈落の底に落とすチャンスだからでもある。

昔だったら何人お妾さんや愛人や二号さんやらリゾラバやらアッシーメッシーミツグクンやらを囲って自分達のステータスとして飾っていたことだろう。

しかし、戦後家父長制度が崩壊して家族の単位が原則夫婦の単位となった。

昔は当然だった時代から夫婦単一が当然という意識が時代を経て定着した。

お見合いから恋愛が中心となり、まあプラトニックになっていったのだろう。

となると不倫はプラトニックではなくなる。

とは言いつつも不倫は凡そ個人間同士の問題なので第三者が容喙するものではなかった。

恋愛至上主義の延長でそのイメージで売っていた人々にとってはマイナスという事で責められる話題の一つとなってしまった。

プラトニックを売りにすると言えばアイドル(職業としての)もだが、これもアイドルはうんこなんかしないイメージを別の形で引き継いだのであろうか。

ピュアさを売りにしてファンに観心を買わせたにも拘らず陰ではそんなことは露知らずで他の人とちゃっかり恋愛をしていたとなると何の為にファンは貢いでいるのかということになる。
 
それをアイドルを管理する運営は必死に隠し通したりするがマスコミはそれをすっぱ抜いて記事にする。
そうすればアイドルの動向を知りたい人々が気になって雑誌を買って読むようになる。

そういうようないたちごっこ的なやり取りが暫く続く。

しかしそれ(恋愛禁止)は原則でないとなると記事にする意味を無くし売れなくなってしまいアイドルではなく芸能人や声優などを狙い撃ちにしようとするのであった。

芸能人はアイドル以外でも成功者を引き摺り下ろしたい人々にとって恰好の材料である。
これ、恋愛スキャンダルがバレると仕事に差し支えるようになる。
ただ、それは影響力のある芸能事務所は相変わらず追えずに小さなところや大きくても影響力の薄いところにしか狙い撃ちが出来ない。

最終的に大したことのない芸人の不倫騒動しか追えなくなってネタ切れを起こし始める。

政治家の不倫騒動が騒がれるのは、結局政治家は聖人君子という旧来の徳を持つという考え方に基づくものなのだろうと感じる。

ここ最近のパターナリズム回帰が顕著になるのも新自由主義への反撥の表れではないかと思えてしまう。

不倫ネタ、恋愛スキャンダルさえ出せばある程度売れるということに味を占めた週刊誌はほぼ毎週そうしたネタを出しに来るが、必ずしもそれが成功するとは限らない。

空砲ばかりである。

読者が無反応だったり逆に読者から反撥を食らったりして食いつきが悪くなることもある。

そして、スクープが掴めずに失敗に終わることもある。

誰に向けて不倫ネタを提供するのか、趣味が何もない堕落し退屈な日常を送る人のために送るのである。

声優の恋愛話とかはそれさえに興味ない人にとっては無反応であり、アーティストの不倫騒動は寧ろ逆に大反撥を食らってしまうという失態を犯してしまう。

ネタを捕まえようと必死になってみたものの結局ネタが掴めずに終わってしまう。

そうなると虚仮にされたと思うのだろう。

ジャーナリズムよりも復讐心の為に動いてしまう。

とっくに化けの皮は剥がれているにも拘らず、それに気づいていない振りをしているのか、必死になって取り繕おうとしている。

証拠を捉えることが出来ずに遂には関係者の感想文を載せる始末となる。

もうこうした復讐心だけに駆られたジャーナリズムはもはやその体をなしておらず自死を招く結果となってしまうのである。

報道の自由や表現の自由を行使して雑誌を作ってもいい。
しかし、虚仮にされたから復讐心のみで作るのであろうか。
自由には責任を伴うとはよく言われるが、責任を果たせず復讐心で作るとなるとジャーナリズムの終わりである。

証拠も出せずに表現の自由に逃げるのなら、それは他の努力する人に失礼ではないか。

表現の自由とは責められない権利ではない。

国家は表現の自由を保障するのである。

しかし最近は国家、というよりも政府、いや政権が執拗に自由権を冒し始めようとしている。

政権を維持したいから人々の自由を縛ろうと考えるのだろう。

ただでさえ雑誌なんか売れない。
権力に阿った記事書いて権力からお金貰えば安泰である。
権力には逆らえず、反撃もしない反論も出来ない人々に向かって棍棒を振り下ろす簡単な仕事です的な事をするようになる。

政府が瞠っていない、無反応にならない、反撥を起こされない、それじゃあどんなのがネタになるか。
当然反論しない一般人が狙い撃ちにされる。

こうして弱い者虐めがお墨付きを得て常態化するプロセスを描くのである。

しかし最近は権力が泥舟と分かった途端に権力批判を始める。
泥舟から逃げ出す人が目立ち始めた。

それでも読者に慮って相変わらずの権力擁護特集を組む雑誌も健在。

原則、売るのをやめろというよりも支持しなければ売れないのである。

売れないジャンルで攻めようとしても金にならないので売れる訳がない。
そうして対象が絞られると必死になるのであろう。

段々とこのジャンルも終わりが近づいて来ているのかもしれない。

誰が弱い者いじめをするのか番外篇 表現の自由の頽廃14 王様への貢ぎ物

はすみとしこの描いた絵が物議を醸す。

いつもの事なのだが、やはり今回もである。

FullSizeRender

スクリーンショットではあるが、相変わらずこんな感じではすみとしこはアップする。

似顔絵を描いているつもりだが中身のキャプションが如何にもである。

直接的に本人であろうとする名前を書いていないし「本人ではない」と強弁すれば済むのだろうが、やはり意図して描いているのであれば悪質である。

描いた本人が「本人でない」と否定すれば済むのだろうが、この後に付く所謂「クソリプ」がその人を指摘するのであればもう意味はない。

意図して描くのならば攻撃的に描いていると思えば良い。

斯くて、表現の自由とは人を殴る棍棒に成り果てた。
と言いつつも、元からなのであろうがそれさえも守らなければならないのが自然権である。

こういう人達は権力者に対して何も言わないのだろう。
自分達の権限を保障してくれる権力者の為に描けば表現の自由は守られるのである。

弱い者虐めが快感なのである。
彼らにとってはそれが本質。

愛国とか反権力とかではない。
相手が反撃しないでただ単にサンドバッグになってくれればそれだけで良いのである。

そして、それが一定数の支持を集めている。

「〇〇の癖に出しゃばるんじゃねえ!」

という感情がそれらを支えるのである。

支持してくれる人がいれば自分が正しいと思うのである。
たとえ卑怯卑劣な事を行なっていても。

またこれで、それではこの絵を禁じたりもすれば表現の自由に抵触したり、また「奴らがまた妨害して攻撃した」という口実を与えてしまうのである。

彼等も実は分かっている。
権力者に擦り寄ってさえいれば安泰だという事を。

最近権力者に擦り寄る人々の下品さには辟易するものばかりが目立つ。

権力は腐敗するとも言うが、あからさまに権力者に擦り寄る姿勢の人々もまた腐るのがよく分かる。

この事は、歴史に残るだろう。

そして、裁かれるのだ。

それでも反日してみたい
はすみとしこ
2017-09-15


こんな本を紹介するのも気がひけるが、また次も出すのだろう。

奴隷として生まれて その六『宮崎勤のドラマ放映で30年掛かって漸く解き放たれる足枷』

10月7日、フジテレビ系列で宮崎勤の特集を組んだドラマが放映された。

宮崎勤の役を坂本真が演じていたがあんなに太っていたっけ?と思うくらい役作りに徹していたと思う。

秋元才加はリポーター役をしていたが、実際には存在せずに当時のリポーターは男だったのを何故だか女体化する形になった。
随分と役が上手くなったと思う。

金子ノブアキは唾汁ブシャーだったが、大分作品としては大きな進歩を遂げたと思う。

何故今、と思うがやっぱり今なのだと思う。

30年は、世代がガラリと変化する。

そうでもしないとまともな検証が出来ないからなのだろう。

ただ偏見を押し込めて弱い物虐めをしておけば庶民が権力への監視から目を背けさせることが出来たからである。

30年間もよく押し込めたと思う。

やはり、当時を支配していた層が第一線を退いたからだろうと考えられる。

当時の支配していた層がしばき全盛でスパルタ教育を推進させオタクたちを根暗の上に犯罪者まで塗り固めたことで長らく権力の維持を図っていたのがよく判る。

ドラマは、所謂偏見に基づいたもので構成されているものではなかった。

宮崎勤はただの人間と結論づけていた。

ここまで来るのに、一体どれほどの年月を要していたことか。

オタクが犯罪を起こした、精神異常だから起こした、そう言うレッテル貼りはそのドラマにはもはやなかった。

大衆が棍棒振り回して権力の安泰を下支えする時代が終わった。

大衆が、公民となって物事をまともに判断する時代に入った。

そしてその瞞しを最後の政府が再び行おうとしている。

最後の政府が去年の都知事選で意地を見せた。

国を支配しようとした権力機構の残影が東京から支配しようと画策していた。

皮肉にも権力闘争に敗れた者が権力機構の残影を相手にして勝ってしまった。

権力機構の残影は東京支配から一時期ではあるが退却した。 

これは大きかった。

警察機構さえも持っていた権力機構の残影がこの闘いにおいて負けたのである。

権力闘争に敗れた者が、力を得るために各方面から掻き集めようとしたのだがその一つに、今まで権力機構の残影に虐げられた人々がその年の参議院選挙で多く投票したことによって、可視化されて今まで強権的な右派だった者が軟化したのである。

これも大きかった。

主義主張は結局のところ権力を得るためにはかなぐり捨てるものだなと実感する。

今の都知事がファシストだとかはどうでもいい。

敵はそれではない。

権力機構の残影が相手である。

さて、この今まで書いてきた『権力機構の残影』とは何なのか、 改めて説明するまでもないのだが政権に寄生して国民を支配しようとする幻の勢力のことである。

具体的には、はっきり言って寄せ集めなのではあるが所謂『保守派』に属して戦前回帰というよりも明治や江戸時代やら将又神話や伝承に沿わして日本を作り変えようとするアナクロニズムの勢力のことである。

権力に寄生する宗教団体、警察機構、経済団体、新自由主義の靴を舐めた株主ら、政治団体、教育者やスポーツ関係者などの文教族、芸能界、言論人、はっきり言えば全然保守ではないのだが政権を守ることが保守と呼ばれるようになってしまった。

年代的には戦中戦後に生まれた人で戦前戦中の具体的な実感を持たずに幻影を追っかけている人である。無論、兵隊にも行ったことのない人達である。

もう彼らにもその力は無くなってしまった。 

筆頭格だったとされる石原慎太郎が耄碌を晒してしまった。

石原が可哀想だったという向きがあるが、その後の発言などを見るとやはり庇いきれない。

老人が増えすぎてしまった。

自分達が年老いていることさえも自覚できていない。

枝野幸男が上下の分断とも言っていたが正にそれでもあると感じる。

アナクロニズムの権力機構の残影が年老いて影響力を失いつつあるのがよく判る。

東京オリンピックがその最後の打ち上げ花火なのだろうと思う。

保守と言いながらも汎ゆるものを破壊し尽くしてきたなと思う。

東京オリンピックが終われば全てが終わり、そしてこれからが始まる。

大阪万博をもう一度とも言うが、その時日本の国力なんてあるのだろうか?

若い命を喰らい尽くして来た老人も生きているのだろうか。

もりかけ問題で浮き彫りになった新自由主義と保守派の誤魔化しも破綻を来してきたようにも思える。

もう騙されない。

権力機構の残影が国民を支配する時代が終わったのである。


ネットには神様がいる
山田太郎
日経BP社
2016-11-17





 

大図書館の羊飼いを観て。

漸く観終えた。
 












ほぼこうしてツイートを貼り付けているがこう言う感じで集約されると思う。














奴隷として生まれて その五『不可触賤民を殴り殺す棍棒』

共謀罪が衆議院を通った。

共謀罪という名前ではなくテロ等準備罪という名前に変わって法案が通過した。

後は参議院となるがこれも時間の問題であろう。

テロ「等」 と「等」が付いている時点で恣意的な運用がなされるのは必至である。

テロに限定とは言うが、それならばテロと組織犯罪にすれば良いのだが、「等」 に拘る辺り運用者の思惑が透けて見える。 

果てしなく疑問が生じる。

何故そこまで自己決定権を捨ててお上に全てを附託しようとするのか。

普段の仕事や生活に逐われて他の事まで手が回らないからなのだろうか。

政治とは自分一人だけでは解決できないことを附託させるシステムの一つでもあるから陳情を出したり、投票行動に出るのは何も間違ってはいない。

治安維持とて言うまでもない。

解決不可能なことを権力者に委ねることは間違ってはいない。

通信傍受法や破防法や暴排条例は要望がなされたものである。

(この暴排条例とて人権侵害の憲法違反なのにそのことに気づかない人々がいるのだから恐ろしい事この上ない。このことに関しては後述する。) 

共謀罪は過去何度も廃案となった。

過去何度もと言うことから何度も執念深く出して来たということ他ならない。

必ず通してやるぞという執念に満ち満ちている。

一体誰が出すのか。

答えは警察である。

本来は内閣が出して来たのだが、警察が権限を拡大するために世論の意識を捻じ曲げ、着実に自分達の思惑を浸透させてゆく。

広報というかPR、テレビを使って治安維持の素晴らしさを説く。

しかし、その中にどのような意図が込められているかを庶民は知らずに。

何度も出す辺り強権的な政権が出ることを待ち望んで各種法案や条例を通してきたようにも感じられる。

何度も何度も。

何十年掛かっても自分達の権限の拡大を狙っているようだ。

戦前において内務省の権限が強大だったが、戦後は解体されて警察の組織力が弱ったこともあって不良外国人(ヤンキーも含む)が大手を振って専横を極めていたこともあった。

そのこともあって日本のヤクザの走りが自警団を組んで治安維持を任されていたこともあった。

ヤクザはその間に力をつけ勢力を全国的に拡大させることに成功していた。

国家も住民もヤクザを利用してヤクザの横暴を見て見ぬ振りをして来たのである。

強大となったヤクザはアメリカにも勢力を拡大して来て遂にはアメリカから「日本のヤクザをなんとかしろ」と言われるようになる。

共謀罪に組織犯罪の項目(つまりヤクザのこと)が入っているのはその為である。

なんとかしろというのは、潰せということである。

しかしヤクザは潰せない。

各種法規制を制定してヤクザを抑えこもうとしてもヤクザは潰せない。

憲法が集会結社の自由を認めているからである。

憲法の意義は、法の下の平等である。

本来ならば、条例や法律で属性を規定して動きを抑えるのは憲法違反なのである。

条例はその管轄する自治体にのみ効力を発揮するので日本国全体には及ばないという考え方なのであろう。

共謀罪は組織が関わってくるので当然法律の運用者にさえ適用されるはずなのに政治家や公務員には適用除外となっている。

この法律自体が憲法違反である。

政治家や公務員は初めから悪巧みをしないと言う設定なのだろう。

これでは根本的な意味が変わってしまう。

これに賛成を示す庶民が法の下の平等の意味を分かっていないのだから只管呆れるばかりか、恐ろしさを感じる。

明治時代に法治国家を目指した意義が消え失せて江戸時代に逆戻りしてしまいそうである。

抑々庶民自体が法の下の平等を臨んでいないようにも感じられる。

いじめが蔓延り、それが無くなる気配が一向にないのは庶民が虐めを容認しているからである。

ヤクザもそうした共同体から除外された人々が集って出来たものの一つであると言って良い。

共同体の暴力で追い出された人々が逆に暴力で共同体に暴力を振るうのは皮肉である。


頻りに一般人は除外と言うが、一般人とは何なのか。

罪を犯さない人が一般人とでも言うのか。

抑々共謀罪は「共同謀議で組織犯罪を起こしそうな人達を捕える」事に因むのではないのか。

GHQが日本政府に対して共同謀議で戦争を仕掛けたという罪状を捏ち上げて東京裁判を起こしたのだ。

戦争自体が罪に問えないのでそうした罪状で裁くしかなかったのだろう。

でもこれも、戦争自体を罪として日本政府や日本国全体を罪人に仕立てることで歴史を糊塗させようと狙ったのではないのかと思える。

「それが常識」 という風に刷り込ませて検証を不可能にさせるのである。

お上が善という意識も江戸時代からの由来であろう。

結局明治政府も江戸時代に乗っかってしまったが努力したことも垣間見られる。

人治主義の江戸時代(三権が分立してなかったとは言っても前近代の法律である掟や法度があった)から法治主義に移行した時の明治時代について行けなかった人が結構多かった。

それは時代を経ないと解消されなかった。

それを経て国会が出来て議会も議論もなされるようになっていった。

とは言いつつも、幕末外国が攻めて来てから人々は議論をするようになっていったし、古代からも議論をすることはあったのだ。

議論をしないというのは議論が出来ない、話が通じないということである。

昔、バベルの塔を建設した時に人々の言葉が突如通じなくなって落雷によって塔が崩壊したという神話があったが、恐らく神の所業と言うよりも議論が出来なくなってしまったのではないのかと思われる。

言葉が一つというのは建設の設計まではみんなOKだったに違いない。

建設途中で意見が割れ始めた。

この事はよくある。

材料や規格、予算や工程や進捗状況、政権の交代等で揉め始めたのだろう。

独裁国家で巨大なハコモノがよく見られるのは強大な権力者の一声で完成されたと考えられる。

仮令どんな無理であったとしても押し通すための力倆が問われるのだ。

ピラミッドが砂地という幸福もあったろうが各地に残っていたりするのも強権独裁だったろうと考えられる。

無理強いとかではなく大きな目標があったから完成する。

タージ・マハルは一つではなくもう一つ王様自身の霊廟が作られる予定であった。

それがないのはその後の権力基盤が無くなったからだと考えられる。

お金のこともあるし。


このことから実は共謀罪とはハコモノを作る際の反対意見を潰すために作られた法案なのではないかと思われる。

外国からの要請やテロとかは関係ない。

法律とは飽くまでも国内のものなのである。

外国、国際間だったら条約や議定書であろう。

しかし日本国憲法は憲法という最高法規よりも条約を遵守するということまで書いてあるのだから我が国は戦後一貫して連合国の奴隷状態であると見て良い。

本当は憲法を変えねばならぬのだが、その条約の部分も変えねば縦令憲法を変えた所で全く意味が無い。


ハコモノを作らせるのは公共事業である。

公共事業は政府の善い行いという前提に立つのでそれに反対する人々は必然的に悪となる。

環境権がないが生存権はあるので反対して自分達の生活環境を守る行為は当然である。

ここで日本国憲法と衝突するのだろう。

全て公共事業を行いたい政府にとっては本当は個人の権利を尊重する憲法なんて要らないのだろう。

憲法が邪魔だから自分達で奴隷を遵わせる憲法草案を作ろうと考えているのだろう。

こうなると国民の概念が無くなってしまう。

生まれた時から政治家を出来る環境にいる者がほぼ永続的に政治の立場に置かれるのである。

反対者を潰すことは野党の存在を許さないということである。

身分や階層が出来れば政権は安定するだろう。

人々が、それを望んでしまっているように感じられる。

新自由主義の実験がここ20年近く行われれた。

その間でズタボロにされた人々が望んだのは政府による保護。

しかし、その保護がまた前近代的なパターナリズムに因っている。

政権の安定は生贄を作ることにある。

前近代や古代はそうして政権を安定させてきた。

縦令政策や経済状況がガタガタで不備だらけで特定層に対して贔屓塗れであっても生贄さえ作れば政権を安定させることが出来るのである。

安倍政権がそれに当て嵌まるかも知れないが精々数年が限度であろう。

その後なのである。

ポスト安倍というものが存在しない。

反対者や技巧者を潰してきたからである。

まともな政治集団が存在していない。

安倍以降ではまともな政治を行えるかどうか不明である。

今の政治家に碌なのが揃っていないのがよく判るのだが、小選挙区制の弊害とも言われる。

金権政治とも言われて小選挙区制を選んできたのも国民であり、そして新自由主義を選んだのも国民であり、共謀罪を選んでしまったのも国民である。

国民が政治を監視することを放棄してしまったがために政権の横暴をみすみす見逃してしまっている。


強力な保護とはいってもそれは政権に従う人々のことを指す。

それ以外は適応除外。

自分達の稼ぎがないのは自己責任であるという理論が相変わらず横たわっている。

それならば自己責任を背負わされた者達はどうするか、クレームで意義申立することも自己責任の一環だと思うようになり世の中が不毛なクレーム社会となる。

そこから物事に関しても知らなかったことが自分のせいではないという理論も出来始めてしまった。

本当は無知であることも自己責任のはずだったがそうではなくなった。

知らないことは自分の与り知らないことなので開き直りも見せ始めるようになった。


ここ最近の社会はそうした自ら刺々した鎧を身に纏うようになった。

相手を責めれば自分が責められない。

足を引っ張ることで自分が揺るぎ無い所にいられる。


いつ自分が下層へ転落するかわからないから勝ち馬に乗りたがっているようにも見受けられる。

理論はとっくに放棄して自分達の立場を確保するために相手を攻撃するようにも思える。

相手の不備を見つけたらとことん責め立てる。


共謀罪も自分達の地位を安定たらしめるための法律なのかもしれない。

治安維持法が密告で支持されたように共謀罪も密告や通告で支えられてゆくのだろう。

少し前、入管法が少し変わった事で「在日が強制送還される」 というデマを信じて法務局に一斉に通報してサーバーをダウンさせたことがあったが、こう言う社会が到来するのだ。

デマだと分かっていても自分の思い込みや無知に由来することさえもかなぐり捨てて開き直りをして、自分が信じていたものが正しかったのだという謎理論を展開し始めたのである。

ポスト真実(ポストトゥルース)が形成される。

色々あるだろう。

学芸員は癌という発言もポスト真実に沿った言い方だからあのような言葉も出て来るのだし、亀田企画がボクシングを盛り上げるといったのもこれはマスコミの当初からの思惑が優先されたのもので、実際にはマスコミというかテレビ局が生き残りを賭けた企画の一つに過ぎなかった。

亀田企画は寧ろオルタナ事実(オルタナティブファクト)に近いかもしれない。

あれは方便でありフェイクニュースだ。

実際にはボクシングの盛り上がり方に何ら影響はないのである。

飽くまでも亀田興毅というキャラに注目が寄っただけである。

ボクシングそのものには何も影響はない。

ボクシングルールで行った訳ではない。 


人々は自分が考えていることと実際になされることに思惑との齟齬が生じ始めると正当化して自分の中で軌道修正を図ろうとする。

ボクシング村田諒太が負けることで自分という存在を見失うのが怖いと言っていた。

これは蓋し名言であると思う。

自分が壊れる。

壊れた自分を直視したくないからいつまでも自分を誤魔化し続け生き残りを図ろうとする。

勝ち馬に乗り続けることで敗北する自分を直視することはしなくて良いだろう。

未だに保守派がイラク戦争が間違いだったということを認めない。


憎き敵に足を掬われたくはないだろう。

揚げ足取りし合ってマウンティングパンチし合ってアウトボクシングし合う言論状況。


共謀罪も対象が紛れも無く一般人であるのにそのことに関しては誰も見向きもしようとはしない。

誰が悪人、犯罪者と決めるのか。

警察当局である。

組織犯罪は誰が行うのか。

ヤクザやテロリストなのか。

警察が100%検挙できないのは分かりきったこと。

現実にヤクザは蔓延っている。

謙虚実績を水増しするためにせせこましい点数稼ぎするに決まっている。

山口組が四分五裂しているが何故なくならないのか。

本気でヤクザを撲滅しようと思っているのか。

ヤクザを撲滅するために憲法改正でもするのか。

憲法改正する際に集会結社の自由に制限をかけるのか。

そんな社会を誰が望む?

公の秩序を乱さない、公共、すぐ政府にすり替わる。


共謀罪に公務員や政治家が除外されているのも政府が善政を布くという前提に立っているからであることは前述した。


自分達は対象外と思っているからこそ自分が嫌い、自分達が憎い相手を犯罪者に捏ち上げて通告する社会にさせるのだろうか。

そうして不信社会を形成してゆく。

虐めがなくならないのも社会が虐めを容認しているからである。 



 

六畳間の侵略者!?を漸く観て

本当に漸く観終えた。

二年間もほっといてしまった。

二年もの間にこのアニメが第2期とかあるような雰囲気は全く来なかった。

そりゃそうで、分量が予めあったようだけど1クールで悉く埋め込んだように感じた。

原作本があるようだが、それは読んだことはない。

ラノベだろうけど、そこまで興味ない。

手掛けた監督は大沼心。

efのアニメやプリズマイリヤやこれはゾンビですか?のアニメを手掛けている。

そう言えば、このアニメも卓を囲ってご飯をみんなで食べるシーンが多いなと思った。

これゾンもご飯を食べるシーンが多くて何でだろうかと思ってしまった。

オタクは友達も一緒に食べてくれる家族もいないからせめて二次元の中で食べさせてやろうという心配りなのかと思ってしまう。

テンポがよくて、1話なのに複数話入っているような感じがした。
実際そうなのであろうが、不自然さは見当たらない。
多分原作読みにとっては不自然に見えるのだろう。

どうやら違う構成となっていたようだ。
尺の短いアニメの宿命である。

作り手が、如何に視聴者に釘付けにさせるかに懸かっている。

二年前リアルタイムで観ていたらこのアニメはイチオシのアニメにしていたことだろう。

原作はホビージャパンか。
プラモやフィギュア関連の雑誌も発行していて、それを売るための戦略としてラノベやらアニメやらを作っているのだろう。

そう言えば、クイーンズブレイドもホビージャパンだったし、ビキニウォリアーズもホビージャパンだった。
フィギュアも売られていたから、その戦略も兼ねていたのだろう。

結局、この六畳間の侵略者!?も売ったフィギュアはレインボーゆりかだった。
もう一つ発売しようとしていたが発売中止になってしまったようだ。
フィギュアって予約がどれだけ集まるかで発売するかしないかに懸かって来るのだなと思ってしまった。













面白かったが、これまでかなという感じ。

 

 



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ホビージャパン
2014-05-30




六畳間の侵略者!?8 (HJ文庫)
健速
ホビージャパン
2014-05-30


六畳間の侵略者!?7 (HJ文庫)
健速
ホビージャパン
2014-05-30


六畳間の侵略者!?6 (HJ文庫)
健速
ホビージャパン
2014-05-30


六畳間の侵略者!?5 (HJ文庫)
健速
ホビージャパン
2014-05-30


六畳間の侵略者!?4 (HJ文庫)
健速
ホビージャパン
2014-05-30


六畳間の侵略者!?3 (HJ文庫)
健速
ホビージャパン
2014-03-14


六畳間の侵略者!?2 (HJ文庫)
健速
ホビージャパン
2014-02-21


六畳間の侵略者!? (HJ文庫)
健速
ホビージャパン
2013-08-30


アニメはとっくに終わっていてもラノベは現在でも引き続いてリリースされている。
 
共通良識は多数派の情緒、諸行無常、朝聞道夕死可矣、民可使由之不可使知之、倉廩實則知禮節衣食足則知榮辱、井蛙が良。 新居昭乃、宮澤賢治、本田透、英霊の声、蜘蛛の糸、まどか、まほろ、Fate、みなとそふと系、MATRIX、ドラえもん、ジブリ、エヴァ、マサル、アンパンマン、北斗の拳、夜勤病棟、君の名は。美術館と格闘技が好き。
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