こんな呟きが多くのリツイートとファボがなされた。

当然だけど批難の声が殆ど。

画像は数年前のものだけど、この主催者は今こうしたことは行わせていないという。

行わせていないというよりも画像を拡散させるなと釘を刺しているらしい。

言っちゃなんだが、有害業務すれすれではある。

こうしたキッズアイドル(ジュニアアイドル)はひと昔ならば流行っていた。

ロリコンブームよりかはまだマシなのだろうけど、ジュニアアイドルが低年齢化していて際どい水着を着させられたものを映像ソフトとして売られていたこともあった。

流石に一般メディアにも晒されて来て批難囂々となっていたので鳴りを潜めてしまった。

チキンレースさながら競えば過激化するのは常だが、提供する側も感覚が麻痺していたのだろう。

提供する側である。

実は。

例えに出すがAKBの握手券商法みたいなもので実態はそんなに多くなくても太い客が彼らを買い支えてくれる。

キッズアイドル出身者の芸能人って他に誰かいるのだろうか?
雨後の筍のようにパッと出ては来るもののそんなには続かない訳である。
大体は子役と同じで途中で辞めてしまう。

子役、後述するがここに注目である。

伸びなければ途中で終わる。

キッズアイドルは大体が親とかがやらせる。

芸能界に憧れた親が自分の望みのようにやらせる。

さて、この構図はどこかで見覚えがあるだろう。

ボクシングである。

幼少の頃からボクシングをやる子供がいるが、大体は親がやらせる。

親が自分の叶えられなかった望みを子供に託す形でやらせることが多い。

亀田一家や井上一家である。

代表的なものだが、これは子供をそう育てさせて生き残った例であろう。

子供の自主性を尊重するなどと言ったら今頃亀田三兄弟(一番下妹は置いといて)やモンスター井上兄弟なんか出て来ないだろう。

天才だから?

違う。

周りの環境を遮断させてそればかりやらせて怪物を製造させるのである。

彼ら親は文字通りの“毒親”である。

ただの勝ちには何の価値さえも見出させず、完璧な勝ちを得るまでやらせるのである。

子供を壊して自分の思い通りのロボットや怪物を作らせて行く。

毒親家庭の一つにテストの点を常に100点満点にさせねば気が済まないようなのがある。

親自身が多様性を信じていなくてこれしか価値がないと振り切ってしまっているのである。

親自身が多様性の一つだろうと言い訳をするが、大体は子供を出汁にしているだけである。

ロボットモンスターの子供を褒められれば親が増長するというものである。

キッズアイドルもこれしかないと割り切ってしまっているのだろう。
親自身が既存の世間の水準(平凡)に馴染めないこともあるのだろうが、才芸が突出していれば価値を認められると分かってしまっているところもあるのだろう。

キッズアイドルが世間から疎まれていてもそれを称賛する人々がいるからその価値を支持し続ける訳である。

閉鎖空間での価値観ではある。
国内ではその価値観を認めることは日本国憲法で思想信条の自由や信教の自由や良心の自由や表現の自由や言論の自由、職業選択の自由、集会結社の自由など自由権として認められている訳だから、こうしたことに関しては尊重せねばならないのである。

いくら個人がこれキモいから排除しろと言っても行政や権力がそれを認めて行使する訳にはいかないのである。

そういう壁を感じるから憲法改正草案には「公共の福祉」というものを前面に出して自由権や価値観を抑制させようと考えるのだろう。

キッズアイドルを法律や条例で規制しようとしたらどうなるのか。
当然だけど主体となるキッズアイドルそのものを規制することは出来ない。
憲法の法の下の平等に背くからである。
行為行動となる客体を規制する他ないので未成年者の出演するものを規制することになるから子役そのものを規制することになる。

そんなことをすると子役を必要とする芸能界そのものにメスが入るだろう。
子役の現場は虐待みたいなことが行われているのではないかという予見がつく。
誰も子役の現場を批難したことがあったろうか?
リアリティを求めるため?
そんな必要があるのか?

志村けんのコントみたいにおっさんおばさんが子供の姿に扮してコントをやればよかろう。

これもそうだが、AVもリアリティ追求のためにやる必要ないみたいな意見も出て来るが、子役はどう思う?
歌舞伎とかの伝統芸能の世界はどうなる?
サーカスは?
それこそ学業を疎かにして演劇を行なっているかも知れぬのに。
ロビー活動でマスコミに緘口令を敷かせている成果かも知れんが。
キッズアイドルは結局のところ子役で儲けている芸能界のスケープゴートにされている感がある。
生贄の羊よりも防波堤のようだが。